アウトドア日記

個人の日記を兼ねていますので、アウトドア以外の記述があります。

2006年11月29日(水)
藻岩山にのぼりました。(27日、29日)

旭山記念公園から藻岩山山頂を往復しました。

11月27日
天候 曇り
底一面がスパイクの長靴を使用しました。登山道の雪は殆ど消えていました。
登山者は少な目でした。

11月29日
天候 雨から小雪
今日もスパイク付きの長靴を使用しました。
自宅付近も朝から低い雲に覆われて、遠方の視界が全くきかない状態だったので暫く様子を見ていたが、11時頃やや回復の兆しが見えたので藻岩山に向かった。

しかし、途中で雨が降り出し、駐車場についても小雨の状態でした。そのため、雨具を上下とも着用して出発しました。出発して直ぐに小雨がみぞれに変わり、少し上の方に行く頃には柔らかい雪に変わりました。

雨具のフードを被ると暑苦しいので、登山用の傘を併用しました。他の登山者からは、雨具を着用して傘を差している格好が、奇異に見えたかもしれません。
雪の天気予報が続いているので、登山道が完全な雪道になってくれることを期待しています。

芦別岳山頂から (2003/7/23)
芦別岳1129−1    芦別岳1129−2    芦別岳1129−3    芦別岳1129−4

2006年11月27日(月)
読書感想「氷に刻まれた地球11万年の記憶」

「氷に刻まれた地球11万年の記憶」
著 者  リチャード・B・アレイ
発行所 株式会社ソニー・マガジンズ (2004/5/29)

本書は極寒のグリーンランド中央部の氷帽の頂上を掘りぬいて、氷のサンプルから過去11万年間にわたる地球の気温の変化他を綿密に調べた結果を、読者に分かり易すく紹介しています。

氷一つから、気温・降雪量・風・各種ガス・塵埃、はては太陽黒点の影響まで計測出きるそうである。
この結果は、南極の氷の調査とも一致しており、確度は高いとしている。
科学者は、必要となれば我々素人には及びもつかない方法を考え出して、各種の計測をしているようで、その計測方法も色々と紹介されていて面白い。

本書は、最近11万年間の地球の状態を、氷の研究をもとに詳細に語っており、温暖化ガスとの関連性についても記述されている。最後に、科学者としての地球の今後についての考察も載っており、大変興味深い。
本書は、アメリカでも科学部門で最も権威のある賞を受賞しており、秀作です。

氷河期について
デイ・アフタートゥモローという映画をご存じでしょうか?。テレビでも放映されたので、大勢の方が見たことと思います。内容は「ある原因で地球の気温が急激に下降し始め、北半球が氷河期に突入して行く」と云う内容です。

本書によれば、これはフィクションではなく、過去に定期的に何回も実際に起こっているとしています。赤道地方の熱を極地に運ぶのは、大気の移動(風)が50%で、海流によって残りの50%が運ばれているとされています。

赤道で暖められた海水が北大西洋を北上し、極地方で冷却されて比重が増え深海に沈んでまた赤道に戻る海洋コンベヤーが機能しているためとしています。しかし、極地方で氷山や雪が融けて真水が北大西洋に大量に流れ込むと、海水の比重が小さくなり沈み込みができなくなって、しまいには海洋コンベヤーが停止してしまい、極地方の寒冷化が一気に進むと解説しています。

気温の推移について


本書では、「現在のような安定期は例外中の例外」としています。
上の写真は、本書の沢山のグラフの中から一つを引用しました。
グラフを見て判るように、現在のような温暖な気温が1万年も続いているのは、奇跡としか云いようがありません。

過去には、気温は約1500年周期で極端に上下していますし、現在よりはずっと寒冷でした。気温の下がり方はゆっくりですが、気温が最低から最高に上がるのは、僅か数年間で起こるとしています。

これほど極端に気温が変動すれば、動植物の生息環境も激変し、動物などは数を減らしたり増やしたりしながら、この環境を耐えてきたことでしょう。
しかし、現在の人間にとっては、今でもギリギリの環境で農業を行っていることを考えれば、このような過酷な環境下では少数の人間しか生存できないのではないでしょうか。

何れにしても、このまま温暖化が進んで「デイ・アフタートゥモロー」が近い将来起こるのか、または何らかの自然のスイッチが入って過去の極端な気温の変動状態に突入するのか、このまま気温が上昇を続けて地球全体が灼熱地獄になるのかの予測は、これからの研究に委ねるしかありません。

2006年11月26日(日)
小型機の離着陸訓練をしました。今日は快晴無風でした。

札幌丘珠空港で、所属する飛行クラブの小型機で離着陸訓練をしました。
一昨日降った雪も完全に消えて、駐機場のアスファルトは乾いていました。
今日は日曜日のため、普段頻繁に離着陸している自衛隊のヘリも全く見あたらず、旅客機の離着陸時刻を外したため、のんびりした飛行を楽しみました。

離陸したあと空港の場周経路を飛行し、滑走路に5回タッチしたあと6回目に着陸する1時間弱の単純な飛行ですが、パイロットにとってはこの離着陸操作が一番大事な基本操作ですので、アマチュアパイロットには欠かせない訓練です。

今日は快晴無風で滅多にない好天気でした。無風では基本操作の再確認には良いのですが、やはり少し天候が悪いなかで、横風を受けた着陸訓練などの方が訓練の効果があがります。天候だけはなかなか思い通りにはなりませんね。

無風のため、通常着陸の他に短距離着陸とノーフラップ着陸の訓練も行いました。
一度だけ、先に着陸したモーターグライダーが滑走路から誘導路に入るのが間に合わず、最終進入コース上で管制塔からゴーアラウンド(着陸やり直し)の指示を受けました。

札幌の大通り公園にて(2000/12/29)
大通り1126−1    大通り1126−2    大通り1126−3





   大通り1126−4    大通り1126−5

大通り公園だけでなく、街のイルミネーションも綺麗です。

2006年11月26日(日)
藻岩山に登りました。(11月25日)

旭山記念公園から藻岩山山頂を往復しました。
昨日(24日)に札幌市内に雪が降ったので、藻岩山にも多量の積雪があったのではないかと期待して、スノーシューを持って出かけた。
しかし、藻岩山に近づくにつれて積雪が減り、なんと藻岩山周辺の市街地には積雪が全く無かった。昨日は降らなかったらしい。

旭山記念公園の駐車場にも積雪が無いため、スノーシュー初登山を断念して長靴で出発した。積雪は最大で数cmでした。このため登山道は圧雪状態で、日の当たる所は泥んこ状態、急坂は圧雪で滑るなど最適な履き物が見あたらない状態でした。

そのため、登山靴の人、アイゼン使用の人、普通の長靴の人、スパイク付き長靴の人など様々でした。
もう少し積雪があると、登山靴にアイゼン(6本爪、4本爪)で全行程歩けるようになります。それまでは、底一面にスパイクが埋め込まれた長靴を使用することにしよう。

今日の藻岩山登山道の状態
藻岩山1125−1    藻岩山1125−2    藻岩山1125−3    藻岩山1125−4

2006年11月25日(土)
小型飛行機に便乗しました。(11月24日)

所属する飛行クラブの小型機を定期検査のため、札幌丘珠空港からS飛行場まで移動するので便乗させてもらった。前日の予定では、午前10時には空港を離陸して、夕方にはJRで札幌に戻れる見込みでしたが、実際に帰札したのは午後10時でした。

前日の天気予報を見た範囲では、「今日の天気は、石狩が少し悪いが、ここを抜け出せばS飛行場までの経路上の天気は問題ない。」と思われていた。
朝自宅を出発した時は上空は晴れていたが、空港に着くと、雲が低くたれ込みあまりよい天気ではなかった。

事務所のパソコンで天候を調べていると、強い雨雲(雪雲)が留萌方面から札幌方面に縦の帯状になって流れ込んでいた。暫くすると降雪が始まり、辺り一面が真っ白になりだした。この天気状態では空港から離陸することが困難なので、暫く様子をみることにした。

しかし、雪は止む気配を見せず、パソコン画面上の強い雪雲も暫く消えそうもない状態で12時になってしまった。昼食後暫く様子をみていたが、日没前着陸から逆算した離陸時刻のタイムリミットが近づいてきたため、取り敢えず行動を起こした。

空港側も滑走路とエプロンの除雪を開始するようなので、取り敢えず離陸の申請をしたあと、ベテラン機長と私の2名で、小型機2機に積もった雪を降ろす作業を始めた。(空輸は1機)
空港側にたのんで、小型機の手前から誘導路までの除雪をしてもらった。
空港の巨大なスノープラウ(排雪板)をつけた除雪車が2回ほど走ると、あっという間に道ができた。その力強さにすっかり感動した。

天候もやや持ち直して降雪が止み、滑走路他の除雪作業にともなう空港閉鎖が2時半に解かれたので、急いでエンジンを暖め午後3時頃に漸く離陸した。
まだ空港の周辺は低い雲がたれ込めているため、雲の下を飛行して行くことが難しそうなので、取り敢えず雲の上に出ることにした。

予定進路とは逆方向の、ただ一箇所青空の見えている方向に向け上昇し、高度約6000ftで反転して予定進路にのり、その後も上昇を続けて10500ft(約3000m)まで上昇して巡航に移った。この高度にまであがったのは久しぶりである。上空は横風が強く、押し流されないため機首をかなり風上側に向けて飛行した。

飛行中は下は完全な雲海で、海の近くに到達したときに初めて雲の隙間から地上(海岸線)が確認できた。海の上は8500ftで飛行し、目的のS飛行場の手前の雲の切れ目を利用して旋回しながら高度を下げて、S空港に進入した。
離陸からここまでは私が操縦したが、滑走路の横風が強く、太陽光線も良くないので、ここでベテラン機長に代わった。

空港到着が午後4時の日没時刻と丁度ぶつかり、なんと、進入した滑走路の真っ正面で太陽が上半分を輝かせていた。ベテラン機長も、「滑走路が見えない」を云いながら、何とか無事に着陸した。車で、真っ正面の日没直前の太陽に向かって走る場合と同じであるが、飛行機の場合は一旦停止ができない。

何故か便乗させて貰うときは天気が悪いことが多い。たまには快晴無風のときもあることはあるが。ただ、悪い天候状態(強風、雨、雪、雲、夜間、冬季、低気圧接近)の組み合わせで経験を積んで行くことが技量の向上につながる。
汽車の便が悪く、JRの特急で帰札したのは午後10時でした。

2006年11月22日(水)
藻岩山に登りました。(21日、22日)

旭山記念公園から藻岩山山頂を往復しました。

21日
天候は時々パラパラくる程度の雨模様で、無風でした。
雨具はザックに入れて、シャツのまま傘を差して登りました。

登山道に直径10cmの木が突然現れました。根本から折れた木が倒れる途中で他の木に引っかかり、ちょうど根本が登山道の上に来たときに止まったようです。木は殆ど直立していて、倒そうと押して見ましたが動きませんでした。無理をすれば倒せそうですが、危険なので止めて、赤テープをつけておきました。

今日出会った登山者は4名でした。天候が悪いとやはり少ないようです。

22日
強い低気圧が接近中で、道内の各地で警報が出始めるなどあまりよい天気ではありませんでした。10時頃、自宅から藻岩山を見たら雲が切れしばらく持ちそうだったので、藻岩山に向け出発した。

車で移動中に降雨にあい心配したが、駐車場に着いた時点ではパラパラ程度の小雨になっていた。雨具を装着して出発したが、雨は直ぐに止み、結局最後まで降らなかった。歩行中はほぼ晴れの状態でしたが、チラチラと細かい雪も舞っていました。

各地で警報が出ている状態なので、強い風が吹いていました。林や笹があるため風の音は凄まじいのですが、笹が風よけになるため登山道で実際に身体にあたる風はそれほどでもありません。降雪で笹が雪の下になる真冬になると、身体に当たる風はかなり強くなります。

昨日の登山道の木はそのままの状態で立っていました。これから低気圧の通過で強風が吹くので、もしかしたら倒されるかも。
今日出会った登山者は往路では2名でしたが、天候回復のせいか復路で3名にあい、結局5名でした。
  
着陸1122−1
着陸態勢のジャンボ機
新千歳空港にて
主翼の後ろから大きなフラップを拡げています。
日除けのすだれに似ていませんか?

  
着陸1122−2
着陸態勢の旅客機
新千歳空港にて
こんな大きなフラップが主翼の下に格納されているなんて信じられない。

  
着陸1122−3
着陸態勢の旅客機
丘珠空港にて
旅客機3機とも、主翼の前縁部も少し前に張り出して下向きにして、面積を増やしています。ジャンボ機ではかすかに判ります。

  
着陸1122−4

(参考)
空母のFA−18艦載機などのフラップは、ほぼ90度下に曲げられた状態で着艦します。フラップもかなり大きめです。

  
着陸1122−5

着陸態勢のモーターグライダー
滑走路の近くで急角度で降下して着陸しました。

2006年11月20日(月)
今日は小型飛行機で離着陸訓練をしました。

半年ぶりに所属している飛行クラブに出向き、空港で小型機による離着陸訓練をしました。さすがに半年ぶりなので、少し緊張しました。ペーパードライバーに近いのですが、小型機の操縦ライセンスの取得から5年経ちました。

空港の混んでいる時間帯を避けて午後2時に離陸したのですが、何と予想に反して私の飛行中の約1時間は、小型機&ヘリの離着陸で空港が混雑して、管制塔の無線が殆ど話し中になっていました。

私の飛行中の時間帯は、管制塔の飛行管制官は訓練生が担当していました。当然そばにはベテラン管制官がついています。管制ミスは即事故に直結しますので、訓練生の苦労が良くわかります。

私も久しぶりのため無線が聞きづらく、最初のうちは少し苦労しました。勿論私の横にもベテラン機長が乗っているので、全く問題はないのですが。12月上旬までの間に、あと数回訓練に通う予定です。
  
支笏湖1120−1

支笏湖全景
小型機から撮影
2006.4.14

  
支笏湖1120−2

恵庭岳



  
支笏湖1120−3

風不死岳
少し西側から撮影しています。


  
支笏湖1120−4

手前から樽前山・風不死岳・恵庭岳



  
支笏湖1120−5

着陸態勢の小型機
セスナ172P型

2006年11月18日(土)
手稲山に登りました。 完全な雪道でした。

平和の滝コースで手稲山にのぼりました。今日はケルンまでにしました。

平和の滝駐車場   9時36分
手稲山ケルン着  11時44分 (往路 2時間08分)
手稲山ケルン発  11時58分 (休憩     14分)
平和の滝駐車場  13時35分 (復路 1時間37分)

合計所要時間   3時間59分

(GPS記録)
総上昇量   764m
距離     9.68km

初冬のこの時期に登ったことが無かったので、今日は冬装備で初挑戦した。
雪が積もり完全な冬道コースに切り替わればコース的には全く問題ないが、今はちょうど夏道・冬道の切り替え時期で、行ってみなければ道の状態が判らない。

今日は、まだ夏道のままでした。登山道は既に雪道で、積雪はガレ場手前までは10cm程度でしたが、だんだん深くなりケルン付近では30cm以上でした。冬道の取り付き部分はまだ笹が青々としていて、あと1m以上の積雪が必要と感じました。

ガレ場は大きめの石のみが堆積した状態のため、個々の石の上端部をひろって歩いていくのですが、中途半端に雪が被った状態で非常に歩きづらい。ちょと足場を外すと石と石の隙間に足を落とすことになるが、雪を被っていてなかなか下の状態が判らない。

自宅の出発時刻が遅かったことで、ケルン到着が12時少し前になったことと、ケルン以降の登山道の踏み跡が、とびとびの完全なツボ足で深さも太股まであったので、頂上は断念してケルンで折り返した。ケルンで休憩していたら、その道を若い女性が単独行で頂上方面から降りてきて通過していった。

今日は、念のため「ストック2本・カンジキ・6本爪アイゼン」を持参した。復路はアイゼンを装着したため、ガレ場を安心して通過できた。

シャツは今日から冬用のウールにしたが、下は夏ズボンのままだったので、濡れる恐れがあるので無理ができなかった。次回からは冬用のゴアのズボンにしよう。
  
手稲山1118−1

GPS軌跡
カシミール3D使用
山旅倶楽部の地図使用

  
手稲山1118−2

GPS軌跡



  
手稲山1118−3

手稲山のケルン



  
手稲山1118−4

ケルン付近の積雪



  
手稲山1118−5

橋も雪を被りました

2006年11月17日(金)
読書感想 「米中石油戦争がはじまった」

「米中石油戦争がはじまった」
 アメリカを知らない中国は破れる
 日高義樹 著
 図書印刷株式会社 2006/03/20

中国が、経済の急激な発展にともなって、将来必要となる膨大なエネルギー源を確保するために奔走している。

将来の石油消費量
現在、世界の石油消費量は一日当たり8200万バーレルで、2025年には50%増の1億2500万バーレル/日になると予想されている。
米国の石油消費量は現在2000万バーレル/日で、25年後には2900万バーレル/日に達すると予測される。

中国は2004年に日本を抜いて世界第2位の石油消費国になり、現在の消費量は700万バーレル/日である。
中国がこのまま高度経済成長を続けていくと、GDPが5年で倍増し、楽観的な見方では2025年には4倍になる。
石油消費量も単純計算で2025年には4倍の2800万バーレル/日に増えることになり、中国はこの殆どを輸入しなければならない。

従って、中国は2025年頃には米国とほぼ同量の石油を、米国に対抗して確保しなければならない厳しい状況になる。そのころには現在の油田の採掘量は減少方向に向かっていると思われる。

米国の財政事情
米国経済は現在好調に見えるが、実際の内容は非常に悪い。
貿易の収支である経常収支と、国の家計簿に相当する財政収支がともに大幅な赤字を続けている。年間の経常収支の赤字額が2000年の4160億ドルから2005年には7900億ドル(推定)と増加を続けている。

経常収支が赤字になるのは、輸出よりも輸入の方が多いことが原因である。輸出で得る収入よりも輸入で支払う支出の方が多いのであるから、その差額の資金をどこかで調達しなければならない。米国内にはこれを賄える貯蓄など全くない。

開発途上国は外国から資金を借りて必要物資を輸入し、国の経済の発展によって貿易を増やし、その利益で借金を返している。これは良い借金である。

しかし、現在の米国は貿易黒字国に多額の米国債を買って貰ったり、同じく貿易黒字国に米国内に多額の投資をしてもらうことで、その不足資金を捻出している。
貿易黒字国から黒字分を米国に還流させて、経常収支の赤字を埋めているのに等しい。

個人に言い換えるならば、収入以上の贅沢をして、そのための不足資金をサラ金から継続して借り入れている状態で、今の財政事情では返済の目処は全くたたない。
そのため米国は現在世界最大の借金国となっている。これは悪い借金である。

最近の中国は貿易黒字が巨額に達している。現在米国内に多額の中国資金が流入して、米国の資金不足を補うのに一役かっている。
世界各国からは、「いつまでもこのような綱渡りは維持できない。」などの危機感も表示されている。

もし、米国債の所有国が米国債を大量に放出したり新たな購入を中止した場合、または各国が米国への投資を停止したりすれば、米国はたちまち資金の調達に行き詰まり、ドルは暴落することになる。
<参考文献> アメリカ経済の光と影(丸茂明則)

北京サミットについて
今月(2006/11)中国の北京で、中国とアフリカ48カ国の首脳らが参加した「中国・アフリカ協力フォーラム北京サミット」が開催された。

 中国は援助による政治関係の強化を基礎に、アフリカへの投資や貿易の増額を通じて、資源確保などを目的に経済関係の拡大を目指している。

アフリカ諸国側も中国からの援助や中国への資源輸出に加えて、自国の経済成長につながる中国からの投資を期待しているという。

 09年までの行動計画として、中国からの援助の倍増など具体策も決め、一連の会議を通じて、14項目・19億ドルの契約にも合意した。

参加国には人権問題や腐敗で知られる独裁国家も名をつらね、人権よりも資源囲い込みなど実利を重んじる中国外交の姿勢が明確に打ち出された。

 この中国の姿勢について、欧米などから批判がでていることについて、中国側は「誰が批判しているのか。アフリカは感謝している」と反論したと報じられた。

中国の石油依存体質について
中国は現在エネルギー源として石炭を66%使用しているが、公害を排除する技術の開発遅れなどで、大量の石炭の継続使用が困難な状況にある。
このまま石炭の消費量を増やしていくと、CO2の増加、公害の深刻化、酸性雨の増加による森林・農地の破壊など、深刻なダメージを受けることになる。

安くて公害の少ない天然ガスの利用が望ましいが、設備の導入が遅れて現在はその利用設備が非常に少ない
このため、中国は今後の必要エネルギー源の増加分を、石油に依存せざるをえない状況にある。

読書感想
本書では、中国が経済の急激な発展にともなって、将来必要となる膨大なエネルギー源を確保するために奔走していることで、米国との摩擦が生じていることに関連して、多方面からわかり易く解説している。
読者の立場としては、今後、米国と中国の力関係がどう推移していくのか、興味を掻き立てられた。

本書によれば、中国の手法はすさまじいの一言に尽きる。
中近東諸国に対しては、イランの核開発に反対する国連の介入に反対してイランを助け、代償として石油取引契約を結んだり、米国と関係の深かったサウジアラビアにも手を伸ばしている。その他の中東諸国にもいろいろと画策している。

また、米国の裏庭といわれ、米国の勢力範囲で外国は介入できない場所であった中南米諸国にまでも手を出し始めた

ベネズエラ、エクアドルなど、中南米のあらゆる腐敗した国々に資金を投下し、援助することによって石油を手にしようとしている。
もっとも中国としては腐敗した国々だけをターゲットにしたわけでなく、中南米のあらゆる国から石油を手に入れようとしているだけなのだろうと解説している。

アフリカ諸国にたいする姿勢も中近東・中南米と同様である。先の「北京サミット」に見られるとおりである。

本書によれば、
米国は、中国が将来の石油消費の増加を予測し、世界中でなりふり構わず石油をかき集める努力を開始したことに警戒感を持っている。また、中国が、確保した石油資源を、自国の消費用に囲い込むのではないかとも懸念している。

しかし、米国の指導者たちはいまのところ中国の経済力を必要としているため、中国の手法が米国をはじめ西側諸国とはまったく相容れないものであることに目をつぶっているとしている。

我が国では、米国に盲従した政策のため、イランのアザデガン油田(推定埋蔵量260億バレル)の新規石油採掘権が大幅に縮小されるなど、国家としての長期石油戦略に欠ける姿勢に不安を感じる。日本は両大国の熾烈な石油獲得競争に互して、石油を確保してゆけるのであろうか。

2006年11月16日(木)
藻岩山に登りました。久しぶりに北ノ沢に寄りました。

旭山記念公園から藻岩山を往復しました。復路で、久しぶりに北ノ沢に行ってみました。

駐車場      10時10分
山 頂      11時22分 (1時間12分)
北ノ沢分岐   11時50分 (    28分)
北ノ沢登山口  12時11分 (    21分)
北ノ沢分岐   12時39分 (    28分)
駐車場      13時20分 (    41分)

合計所用時間   3時間10分

最近は天候が安定しない。今日も午後から悪くなる予報でした。往路では晴れていたが、北ノ沢からの復路では、雨雲が接近して今にも降りそうになってきたので下山を急いだ。結局、車で帰路についた直後に雨になった。

「北ノ沢分岐 − 北ノ沢登山口」の距離は、GPS計測で道標より100m短い1.2kmで往復で2.4kmでした。標高差はGPSログでは106mで、往復の所要時間は49分でした。

北ノ沢近くの林が広範囲に整備されていました。笹などの下草が刈られ倒木も片づけられていたので、感心しながら歩いていたら下の写真のカンバンがありました。
来春に実施する植林に登山者を募るカンバンで、ボランティア団体が主催するもののようです。

  
藻岩山1116−1

GPS軌跡
カシミール3D使用
山旅倶楽部の地図使用

  
藻岩山1116−2

GPS軌跡(全体)



  
藻岩山1116−3

GPS軌跡(北ノ沢往復)



  
藻岩山1116−4

北ノ沢分岐の案内標識



  
藻岩山1116−5

整備された林



  
藻岩山1116−6

植林のボランティア参加を呼びかけるカンバン



  
藻岩山1116−7

遠くの山はすっかり雪山になっています。

2006年11月14日(火)
藻岩山に登りました。 HPのメンテナンスも行いました。

旭山記念公園から藻岩山山頂を往復した。
今日は、後半に良くなる天気予報で、家を出発するときは曇っていました。
天候回復を待ってゆっくり出かけたため、登山開始は11時頃でした。

往路は曇り空で、山頂ではチラチラ雪も舞っていましたが、復路では晴れてきました。
今日は寒い一日でした。登山道や山頂にも雪がほんの少し残っていました。
登山道も例年通り少し泥んこ状態になってきています。もう、複数の人が長靴で登っていました。

今日は全行程でアウターを着用しました。往路で少し汗をかいたのですが、アウターを脱ぐのが面倒なのでそのままで山頂までいったら、冷気で冷やされて寒い思いをしました。
これからは、汗をかかないようにこまめに着衣を調整する事が必要になります。

まだ、夏スタイルにアウターを追加しただけなので、そろそろ徐々に冬スタイルに変えていかなければなりません。

ホームページに追加した「GPS関係」の記述を少し修正・追加して、全体の表現を少しカラフルにしました。

  
藻岩山1114−1

藻岩山山頂



  
藻岩山1114−2

藻岩山山頂に残っている雪
明日は真っ白になりそう


  
藻岩山1114−3

札幌市街も雪雲で霞んでいます



  
藻岩山1114−4

藻岩山山頂の三等三角点
世界測地系に変更されていました


  
藻岩山1114−5
建物裏の三角点
丸い構築物が三角点です

2006年11月13日(月)
11日は藻岩山登山、 12日はホームページのメンテナンス

11日
旭山記念公園から藻岩山山頂を往復しました。
時々パラパラと雨が降るあまり良くない天気でした。

GPSの高度表示に、駐車場出発時点と帰着時点で約20mの誤差が出ていた。
しばらく気圧高度計の調整をしていなかったせいかもしれない。次回使用時に調整することにしよう。

12日
自分のホームページに「GPS関係」の記述を追加しました。
札幌市街にも初雪がありました。
私は雨よりも雪の方が好きです。寒い北海道では、雪はサラサラしているので、身体には殆どつきません。

2006年11月10日(金)
自分のホームページのメンテナンスをした。

本ホームページの「アウトドア日記」はこまめにメンテナンスしていたが、その他は手抜きしていたので、久しぶりにメンテナンスを実施した。

具体的には、「山行記録」の個々の登山記録に「アウトドア日記」の内容をリンクさせた。
この後は、項目を新規に設けて、「GPSの使い方」(仮称)について追加する予定です。
  
サボテン1110
シャコバサボテン
一番綺麗な時の写真です

2006年11月8日(水)
藻岩山に登りました。

旭山記念公園から藻岩山山頂経由でスキー場登山口を往復した。

駐車場       10時55分
藻岩山山頂    12時07分 (往路 1時間12分)
スキー場登山口  12時42分 (往路      35分)
藻岩山山頂    13時38分 (復路      56分)
駐車場       14時51分 (復路 1時間13分)

合計所用時間  3時間56分

広尾岳の登山から2日間休養したので、今日はスキー場まで足を延ばした。
スキー場は草刈りのため通行禁止になっていたが、草刈りが終了していた。
登山道の脇まで背の高い草が生い茂っていたが、すっかり刈り取られてスッキリした。

通行禁止のロープはまだそのままになっていたが、上から見て草刈りの終了が確認できたので、今日はスキー場内のコースを往復した。
紅葉は既に終わり、木々は完全に葉を落としてしまい、冬を待つばかりになった。
手稲山を見ると、山頂部は既に真っ白になっている。

旭山記念公園の下の駐車場がやっと使用できるようになった。公園の再開発事業のため足かけ2年間も使用禁止になっていた。一応駐車場回りも再整備されたが、それにしても使用禁止期間が長すぎる。

上の方に駐車場がもう一つあるので使用禁止でも構わないという考えであろうが、全くお役所仕事の典型である。必要があるから下にも駐車場があるのであって、利用者のことも少しは考えてもらいたいものだ。

素人判断であるが、もしこれが民間の有料駐車場であれば、工事を調整して数ヶ月で利用可能にできる程度の規模の改良工事である。
  
藻岩山1108−1

利用可能になった下の駐車場



  
藻岩山1108−2

草刈りが終わりスッキリしたスキー場



  
藻岩山1108−3

スキー場登山口の雪友荘



  
藻岩山1108−4

木々の葉がすっかり落ちて
円山がハッキリ見えるようになった


  
藻岩山1108−5

青空に映える白樺の林



  
藻岩山1108−6

藻岩山のロープウエイ駅付近にて

2006年11月6日(月)
広尾岳にのぼりました。(ツアー)

山岳ツアー会社のツアーに参加して広尾岳に登りました。

11月4日 移動日 豊似湖 広尾の旅館泊
11月5日 広尾岳登山 帰札

駐車場着      7時13分
渡渉完了出発   7時40分
山頂着      12時03分 (往路 4時間23分)渡渉完了出発を基点
山頂発      12時23分 (休憩     20分)   
駐車場着     15時49分 (復路 3時間26分)

合計所要時間  8時間09分

(GPS記録)
総上昇量   924m
距 離    8.22km

(参加者)
ガイド 1名 参加者 男性 3名 女性 4名 合計 8名

4日は時間的に余裕があったので、目黒から入って豊似岳の近くにある豊似湖に寄った。
湖から200mのところに駐車場がある。
この湖はハート形をした小さくて綺麗な湖で、湖の周囲を一回りできる散策路がある。
紅葉は終わっていたが、素晴らしかったであろう紅葉の名残がかすかにあった。

数日前の天気予報は両日とも晴れであったが、次第に悪い予報になり、4日夕方の予報では「曇り遅くには雨」となっていた。当日朝は、やはりどんよりした曇り空であったが、日中は雨の降らないことを祈って旅館を出発した。

しかし、結果は往路の途中で軽い降雨があり、全員が雨具を着用した。その後は、時々パラパラくる程度であったので、登山には支障はなかった。

登山の所要時間は、ツアーのため足の遅い人も参加していた関係で、大分多くかかっている。かなりゆっくり歩いたり、休憩を多くとったりしている。
健脚者のグループであれば、2/3〜3/4の時間で十分だと思う。

インターネットで調べると、広尾岳は昭和41年に広尾山岳会によって開かれた登山道であるが、その後手入れがされていないので、急登の藪こぎと踏み跡程度の登山道をたどった判りづらい登山となるとあった。

駐車スペースに車を停め、長靴2組を使用して渡渉したが、二人が渡り一人が戻るという非効率な渡渉で少し時間がかかった。
出発後、林道沿いに歩いて斜面に到達したが、登山道が見あたらないため、GPSで位置を確認後、引き返して丸太一本の橋を発見して急登の登りに入った。

実際、登り初めは急登で暫くの間は藪こぎがある。ただ、この藪は手で簡単に分けて進むことができる程度のもので、背丈を超えるところがあるのを除けば難易度は高くない。

藪こぎを終えると、草と樹木の中を歩くことになるが、元々踏み跡程度の登山道であるため、この時期は落ち葉が一面に積もって、登山道は明確には判らなかった。ただ、往路は尾根をつめるだけなので、登りではあまり気にならない。
登りでは、登山道の不明確な部分はイメージで登山道らしき付近の歩きやすいところを歩く感じで何も問題はない。

しかし、下山時は問題が多い。中腹以降は下の方に扇形にひろがっているので、磁石で方向を確認しないで地形だけで判断して行動すると、間違った方向に降りることになる。今回も地点776で右手の尾根に降りるのに、間違ってやや左手の尾根を下ってしまった。

かなり下ってから往路には無かった古い林道跡に出ておかしいと気づいたが、暫くその林道跡を歩いたあと、ガイドからGPSで現在位置の確認を要請された。
計測すると往路の登山道からかなり外れ、西広尾川まで水平距離で300m弱まで近づいていた。

このため協議した結果、持参したインターネットの広尾岳関係の資料にも旧林道跡を歩いた記録があり、地図上も特に危険な個所も無さそうなので、そのまま林道跡を歩いて下山することにした。ただし、地図には林道の記載はない。
暫く歩いたあと西広尾川に到着し、渡渉後に反対側に続いていた林道跡に入り、途中で小さな渡渉を数回行ったが石の上を渡れる状態で問題は無く、そもまま歩いて車に到着した。

この復路で歩いた776以降の道は歩きやすく、笹も殆ど無いので往路のコースよりも快適であった。テープが全くないので、往路でこのコースを選ぶ場合は、コース取りに細心の注意が必要である。ただし、危険な個所は全くない。

下山時に「車から取り付きまで」の写真を撮ろうと考えていたが、別のコースを降りたので写真撮影ができなかったのが一寸残念である。
  
広尾岳1105−1

GPS軌跡
カシミール3D使用
山旅クラブの地図使用

  
広尾岳1105−2

GPS軌跡



  
広尾岳1105−3

広尾岳鳥瞰図
カシミール3D使用
1/25000地図で鳥瞰図を描いている

  
広尾岳1105−4

広尾岳山頂の山名標
昨年個人が設置したもの


  
広尾岳1105−5

豊似湖



  
広尾岳1105−6

豊似湖



  
広尾岳1105−7

豊似湖

2006年11月3日(金)
石油はいつまでもつか?

雑誌「Newton」の2006/11号に「検証 石油はいつまでもつか?」と云う記事と、日経サイエンスの2006/12号にも「エネルギーの未来」という特集記事が掲載されている。

1950年代から「石油資源はあと50年で枯渇する」と云われながら、現在でも枯渇まではあと40年程度と云われている。
この背景には、年々延びる消費量以上に新たな油田の発見が続いてきた事情がある。
しかし、最近の10年間を見ると新油田の発見数が少なくなり、今後も大規模油田の発見は難しく、新油田の発見数(埋蔵量)は先細りになっていくとの見方が大勢を占めている。

中近東の早くから開発された優良な油田は老齢化が進んでいるため、油田の周囲から高圧水(ガス)を注入するなどの対策をして、原油採掘量を確保しているケースも多い。米国や北海油田など中近東以外の主要な油田は既に最盛期を終えて、現在は採掘量が減少段階に入っている。

石油の用途を詳しく見ると、我々の生活にいかに密接に関わっているかがわかる。
普段使用している車を例にしても
・タイヤの50%は石油から作られている。天然ゴム製は50%にすぎない。
・外装・内装用のプラスチック製品、座席などの繊維類、塗料なども石油から作れている。

要するに、車は金属とガラス部分を除く総てのものが、石油製品で作られているのである。
この様に、日本では石油はガソリン・軽油等の運輸部門の燃料や、工場の燃料用重油、家庭用灯油以外にも石油化学(合成繊維、合成樹脂、合成原材料)用に約18%も使用されている。

さて、石油はいつまでもつのであろうか?
各国の発表している原油埋蔵量は、国家戦略の意味からも正確な量が発表されていないため、推定値の最小値と最大値では約2倍の差がある。
また、原油埋蔵量については様々な意見があり、楽観論者と悲観論者では大きな違いがある。
しかし、化石燃料が有限である以上、このまま採掘を続けていけば必ず枯渇することは間違いない。石油が生物の死骸から生成されたとする説以外にも、無尽蔵に地下深くの岩石に含まれている等の説もあるようであるが、現在の油田の状況を説明できるまでには至っていない。

インターネットで検索できる諸資料も含めて検討すると、おおよそ次のように要約できるのではないだろうか。
・石油は遅くても今世紀後半には枯渇する。
・天然ガスも今世紀後半には枯渇するが、石油よりは期間が長い。
・石炭は来世紀も生産可能である。
・石油の代替えとして、オイルシェール、オイルサンドの利用を開始する。

現在稼働中の油田は、2010〜2020年の間に採掘量のピークを迎え、その後は年々採掘量が減少する。したがって、需要増加を含めた不足分は以下で補うことになる。
・現在発見済みの油田の開発着手と、新たな油田の探査
・石油採掘技術の改善による現行油田からの更なる生産
・天然ガス、石炭の増産
・原子力発電の増強
・オイルシェール、オイルサンドの利用開始

●オイルシェール
  石油になる前のケロジェンの段階の状態で産出されるもので、乾留して石油を作る。
  乾溜された石油は重質油なので、さらに熱分解して軽質化してやる必要がある。
  米国を中心に発見されており、埋蔵量は石油換算で100年分に相当する。

●オイルサンド
  原油成分を含んだ砂や粘土、水から構成されている「タール」状態のもの。
  ベネゼエラやカナダを中心に発見されており、埋蔵量は石油換算で100年分に相当する。

CO2排出による地球温暖化の問題
オイルシェールやオイルサンドを利用すれば、石油資源としてはあと200年は持つことになる。

しかし、重大な問題がある。それは、CO2の増加によって地球の温暖化が進む危険性である。
一つ目は、CO2の排出量の多い石炭の利用増加である。現時点でも中国経済の急成長にともなって石炭が多量に使用され、発生した酸性雨が米国にまで達しているという話もある。地下からガス化して取り出す等の新技術の開発が待たれる。

二つ目は、オイルシェールやオイルサンドの掘削・乾留・軽質化のそれぞれの段階で、CO2の排出や、余分な熱源を必要とすることである。
この場合も、地下から液状の状態で採掘する技術の開発が必要となる。

何れにしても、石炭・オイルシェール・オイルサンドを多量に使用することになれば、CO2の排出増加は避けられないと思われる。したがって、この面からも地球環境のさらなる悪化を招く恐れが十分にある。

将来をあまり悲観的に見るのは慎むべきである。明日にも夢のような新技術が発明されるかもしれないし、CO2が増加しても地球環境にそれ程悪影響を与えないかもしれない。

しかし、そうは云っても現段階ではCO2の排出削減に世界中が努力する必要があると思われる。一番排出量の多い米国が協定を批准せず、CO2を無制限に排出しているのは非常に残念である。

現在61億人の人口が2050年には93億人程度まで増加すると予想されている。水資源の不足、温暖化による農業生産環境の悪化、化石エネルギー使用の増加による酸性雨の増加など、このままでは地球環境の悪化は避けられそうもない。

今一番望まれるのは、核融合発電であろう。地上で太陽の内部で起きている核融合反応を再現して、発電に利用する技術である。燃料は無尽蔵にあるし、構造的に安全な設備であるため、実現すれば人類に多大な貢献をすることになろう。
現在、研究はいいところまで進んでおり、50年以内に実用炉が完成することが望まれる。開発が遅れても、化石燃料を使い切るまでに何とか実用にこぎつけて欲しいものだ。

2006年11月2日(木)
自宅のシヤコバサボテンが満開になりました

今年の早春の3月に一度咲いたシヤコバサボテンがまた花をつけました。
10月に鉢が小さくなったので大きい鉢に植え替えし、ベランダから室内に移したら蕾を着け始めて、ここ数日で満開になりました。

この花は、洋ランに似たふくよかな暖かみのある花をつけるので心が和みます。
本で調べたら、本来いまが開花時期にあたるそうで、2回咲いた年は花が疲れるので翌年の開花は1回のみになるとありました。

剪定をしていなかったので茎が少し伸びすぎているので、来春に剪定して接ぎ木で増やしてみたいと考えています。
このサボテンについてインターネットで調べたら、色々な種類があって色も多彩で見事でした。

サボテン1102−1 サボテン1102−2 サボテン1102−3






サボテン1102−4 サボテン1102−5

シヤコバサボテン 5枚




サボテン1102−6 サボテン1102−7

その他の花
今、咲いているのはこの一輪だけ
同種の別の鉢で蕾が開花準備中


サボテン1102−8 サボテン1102−9

その他の2
この花は、殆ど年中咲いています
もう次の蕾を持っています


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